大河ドラマ「青天を衝け」。感想です。
第二十一回 篤太夫、遠き道へ
あらすじ
慶喜(草彅剛)が、徳川宗家を継ぎ、次期将軍就任が避けられない状況となった。
慶喜は、パリ万博への派遣をめぐり渋沢を思い出していた。
原市之進は、パリ万博に初めて参加する事になったと伝える。各国の王族が出席することになっており、民部公使 徳川昭武(板垣李光人)を派遣する事にした。渋沢ならば公儀との仲をとりもってくれるのではと。一行の一員としてパリへ行ってほしいと言うのだ。篤太夫(吉沢亮)は、その場でパリ行きを了承するのだった。
その頃、成一郎(高良健吾)は、惇忠(田辺誠一)と会っていた。慶喜は今、幕府を変えようとしていると。
幕臣として、支えたいのだと話すのだ。惇忠は、慶喜の考えに賛同する。成一郎は、優秀が軍師が必要だと、誘うのだった。
そして、孝明天皇(尾上右近)の強い希望もあり、慶喜は15代将軍となる。
孝明天皇は、4時間に及ぶ神楽に参加。その後、床に伏せる。その数日後、孝明天皇は、崩御する。
これにショックを受けていた、岩倉具視(山内圭哉)だったが、すぐに気を取り直し、若き帝を支えねばと表へ出る決心をする。。
二条城に呼ばれた篤太夫。なんと、慶喜は洋装の出で立ちだった。慶喜は、昭武に5つの心得を授けるのだった。
その後、人払いをした慶喜は篤太夫と2人で話出す。内外多難な今、もはや自分の力では及ばぬ事もわかっていると。
欧州にて、学んだ若き人材に次期将軍に任せたいと。昭武にその座を継がせたいと。
神奈川まででた昭武一行は、フランス公使ロッシと面会する。篤太夫は、杉浦愛蔵(志尊淳)とともに、フランスへ向かう者たちと顔合わせする。
勘定奉行 小栗忠順(武田真治)は、今回の目的は600万ドルの借款だと話す。篤太夫は、民部公使は3~5年洋学を学ぶとし、金子はどうするのかと尋ねる。
すると、なんとかつての高崎城襲撃や横浜焼き討ちの計画を持ち出し、そのような人が3年~5年先の公儀を心配するとは、おかしな事ではないかと問われる。
小栗は冗談だと、戯言だといい気にするんだと。しかし、3年先、いや1年先の公儀はどうなるかわからないと。さらに、アメリカ行きの話をし、蒸気機関で思い板や鉄骨を軽々と持ち上げていたと話す。そして、ネジを取り出してみせる。このネジまでもが恐ろしい速さで作られると。
日本も早く造船所を作らねばと言う小栗だが、そのとき公儀がどうなっているかわからないとするのだった。
篤太夫は、成一郎に会うため江戸へ向かう。すでに京に旅立ったといわれるが、小石川代官所で再会を果たす。
旅立つ前に成一郎に会いたかったと伝える。そして、目通りできなかった、長七郎とも再会する。
篤太夫は、尾高の平九郎を見立て養子にどうかと話す。そして、千代から文の返事がないと嘆くのだった。そんな篤太夫を成一郎は笑い飛ばすのだった。
後日、篤太夫はフランスへと旅立つのだった。
感想
いよいよ、渋沢栄一がフランスへ。ここからが、ある意味、本章とも言えるお話になりますね。しかし、慶喜の将軍就任からの怒涛の1年。日本での出来事は、栄一も思いもよらぬ事でしょうなぁ。
慶喜自身、実際にどういう見立てだったのかわかりませんが、次期将軍に昭武をというのはわからないでもない。まさか、幕府自体がなくなるとは、まだ思ってもなかったんでしょうね。いや、不測の事態が起きるかもというのは覆っていたからこその、5つの心得だったのでしょう。
怒涛の幕末とは遠く離れたパリへ。ある意味、幕末ものの大河ドラマでもなかなか触れられなかったところではありますね。パリ万博の辺りが描かれるのは、ある意味新鮮でもあります。さて、栄一がどのように感銘を受けるのか。今から楽しみであります