昨年の東日本大震災を経験する以前で、自分にとって一番大きい地震は、1983年にあった日本海中部地震でした。
あの時の揺れが、その後の地震が起きた時の大丈夫かどうかの一つの基準になってもいました。
ただ、さすがに、当時小学生だった事もあり、体感としての揺れ以外の記憶は忘れ去られてきているので、あらためて調べてみました。
日本海中部地震 地震の概要
日本海中部地震 - Wikipedia
当時発表された震度では、深浦や秋田で震度5で、青森市では震度4でした。
ただ、遠く関東や、山陰地方でも震度1程度の揺れは発生し、大きな地震でありました。
その後の、アンケート調査による震度分布では、津軽半島のほとんどが、震度5相当の揺れだったようです。
実際、自分自身も、かなり強い揺れを感じました。後にも先にも、地震で机の下に潜り込んだのは、あの時が初めてでした。
この地震は、地震の揺れによる被害者より、津波による犠牲者が多い地震でもあった。
当時、太平洋側では、大規模な津波被害があったが、日本海側では津波が起きるという認識が薄かった。日本海側では津波が起きないとまことしやかに信じられていたのだ。
実際には、日本海側でも、津波が起きるのはわかっていたのだが、少なくとも住民の意識には津波に注意せよという感覚が薄かった。
昨年の東北地方太平洋沖地震には及ばないものの、場所によっては10m以上の津波が到来した。
津波の襲来が早かった事もあり、その時の津波の映像を見た記憶がない。実際には、映像がいくつか残っているようだが、自分自身余裕がなかったからか、たまたまなのか津波がどういうものであるかといのがわからずじまいだった事になる。
どちらかというと事後映像の方が見た記憶があり、津波って怖いんだなとは思ったが、実感はなかった。
数少ない津波の映像が見つかったとニュースになるくらいなので、結構貴重なんだと思います。
Googleで画像検索すると、当時の写真が出てくるが、どれも色あせてますね。現像した写真をスキャナでデジタル化したものでしょうかね。
今にして思えば、"想定外"と言われていた日本海側での津波、液状化の被害、既に30年近く前に言われてたという事だ。