書評: 祖国と母国とフットボール
サッカージャーナリストの慎武宏さんが書いた「祖国と母国とフットボール -ザイニチ・サッカー・アイデンティティ」を読みました。
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誰もが読んでみるべきだと思う。
若き在日Jリーガー達
同じ在日コリアン・サッカー界に携わる者として…
在日というアイデンティティ
はじめに
本書は、いわゆる在日コリアン
のフットボーラーに焦点を当てた作品である。
主に、現役Jリーガーたちのザイニチとしてのそれぞれのサッカー人生を通して、ザイニチという存在とはどいうものなのか、という事を描いている。
在日Jリーガー、それぞれの道
この本の中に出てくる現役Jリーガーたちだが、その生き方は様々だ。そもそも、このように様々な形がある事自体が、ザイニチという立場の難しさというか、複雑さを表している気がする。
鄭大世が、なぜ韓国籍でありながらも、北朝鮮代表になったのか。鄭大世が流した涙の訳。その理由がここには書かれている。大世に関しては、北朝鮮代表になる事を望んでいた訳で、その事に大して批判的な日本人も多くいたし、在日の中にもいたのだと思う。
ただ、彼は彼の中で、朝鮮というものの中に自らのルーツを見出していたという事であり、日本や韓国ではなく北朝鮮を選んだというのが単純な理由だろう。
とは言っても、自ら望んで入った北朝鮮代表でも彼はかなり苦しんでいたみたいだ。なにせ、大世はJリーグのトップレベルでやっていた訳で、北朝鮮代表のやっているサッカーは彼にとってはひどくつまらないものだったろうから。そんな事を乗り越えて、大世はW杯の地に立っていたのだ。
梁勇基は、日本の大学を卒業して、現在ベガルタ仙台で活躍しているが、その道程は平坦ではなかった。梁勇基にジェフが触手を伸ばしていたのは初耳だったが、結局彼を獲得するに至らなかった。最終的に仙台という慣れない土地でプレーを始まるわけだけど、彼にとっては仙台という土地に行ってよかったのだと思う。彼は、ベガルタでは愛されている。
李漢宰は、これは知らなかったんだけど、ダブルスクールで日本の学校を卒業してJリーガーになったんだそうだ。その彼は、長年在籍したサンフレッチェ広島を離れて、コンサドーレ札幌でのプレーを選択している。
在日でいながら、Kリーグを選択した選手もいる。
朴康造であり、鄭容臺だ。
朴康造は、JリーグからKリーグに渡った選手の一人。これは、中々知られていない事なのかもしれないが、日本人からすれば朝鮮人・韓国人と見られる彼だが、韓国側から見ると必ずしもそういう風には見られている訳ではないようなのだ。日本に残った彼らは、どちらかというと日本人寄り。言葉を悪くすれば裏切り者的な解釈で扱われる事も多いらしい。朴康造は日本で育った、在日コリアンという存在を韓国で、Kリーグで判ってもらいたいというのもあったようだ。
鄭容臺は、先の鄭大世とは逆に、韓国に渡るために、朝鮮籍から韓国籍に変えたんだそうだ。日本における、韓国籍・朝鮮籍っていうのは、実際の韓国・北朝鮮の国籍とは一致する訳ではないのだけれど、韓国側では韓国籍の人じゃないといけないらしいのだそうだ。
その他、北京五輪のときに話題になった、李忠成は、日本に国籍を変更している。在日コリアンで、日本に国籍を変更している人もいっぱいいるんだが、やはり彼らの中でも日本に国籍を変更するという事に対しての反発も多かったようだ。
李忠成自身も、その事に大して悩んだ事も多かったようだが。昨年移籍した、サンフレッチェ広島には、同じ在日Jリーガーだった李漢宰が在籍していて、日本国籍を選択した李忠成とは立場は違うわけだけれど、彼は李の選択した道に対してどうこう言う事はなくって、国籍は違えど同じ民族という風に接してくれた。
李も北京五輪後、なかなか活躍できなくて、フル代表には未だに選ばれていないが、彼にとっても日本代表でW杯に出ることは一つの目標である事は変わりはないし、北京五輪に出るだけ為に国籍を変更した訳じゃないのだ。
ザイニチという存在
この本の中でも扱われているように、在日コリアン=ザイニチという特別な存在とは何なのか!?著者自身も在日コリアンでもあり、日本での差別とかいう事も経験しており、それに関する事も触れられてはいる。とはいえ、この本はそういった事を扱いたい訳ではなくて、ザイニチという存在がどいうものなのかっていう事をサッカーを通して感じてもらいたいという想いがあるのだと思う。
在日コリアン、日本の中で彼らは日本人ではなく韓国・朝鮮人という認識だ。でも、彼らは本国ではそうは扱われてはいない。ある種、特殊な存在の人達がいるという事だ。
特に、いま現役でJリーグに在籍しているようは選手たちは3世や4世。彼らの祖国は朝鮮半島だけど、生まれ育った母国は日本そのもの。彼らの様々な生き方は、祖国を取るのか、母国を取るのか!? 民族を取るのか、国籍を取るのか、そういった事との葛藤であったり想いであったりする。それぞれの選んだ、それぞれの道がこの本を通して感じ取れる気がする。
フットボール
民族問題、差別問題、そういうのは一言じゃ片付けられないほど難しい事だと思う。
ただ、フットボール(サッカー)って言うのは、時にそういうものを解決してくれるものだと思わせてくれる。在日コリアンからJリーガーになった選手は、今ではかなりの人数にいるのだそうです。そして、この本の中にもあるように、在日コリアンという目ではなく、一サッカー選手としてサポーターは見てくれるようになる。彼らサポーターに取っては、国籍や民族っていうところではなく、一サッカー選手として彼らを見てるからだと思う。もちろん、すべての人が差別意識がないとは思ってないけれど、フロンターレサポーターは大世が好きだし、ベガルタサポは梁勇基が好きだ。
南アフリカW杯のときに、Twitterなんかで、「なんで、北朝鮮代表を応援するんだ!!」っていう意見がたまに見受けられた。どうなんだろ!?彼らは自分の応援するチームがあるのかな!?彼らにとっては北朝鮮というのは、テロ国家とか共産主義国家とかっていうイメージしかないのだろうけど。そういう人たちは、国を見て、人を見ていんだなと思う。
Jリーグを応援する人たちからは、大世がいるチームであったり、安英学がいるチームであり、同じアジアの国のチームだから応援しているというだけなんだよね。別に北朝鮮という国家ではなくて、サッカー北朝鮮代表チームとして見ているという事なんだと思う。
少し話が逸れてしまったが、ある種難しい民族問題も、フットボールというものを通して見たときに、ホントに難しい事なのか!?と思わせてくれる。在日コリアンJリーガーという人たちを通して感じってほしいと、この本では言っているような気がする。
書評: 祖国と母国とフットボール